子どもの「日本式お弁当」が海外でいじめの原因になるワケ  

「おいしそう」でも「うらやましい」でもない…

 私が住むアメリカでは、日本の食パンより小さな四角いパンにハムとチーズだけ、もしくはピーナツバター(PB)とジェリー(J)を挟んだ「PB&Jサンドイッチ」と呼ばれるものをスクールランチにすることが多い。

 ジェリーとは果肉の少ないジャムで、PB&Jサンドイッチ用にはグレープジェリーが好まれる。一見、質素に見えるが、ピーナツバターはタンパク質を豊富に含んでおり、ジェリーの糖分と合相まって育ち盛りの子どもには有効であり、アメリカの大定番だ。

 アメリカの子どもが大好きな既製品のランチもある。商品名をランチャブルズ(Lunchables)といい、小さめのランチボックスくらいの箱にクラッカー、ハム、チーズが入ったもの。子どもは箱を開けて自分でクラッカー・サンドイッチを作って食べる。

 どの子もランチャブルズが、とにかく好きだ。子どもを連れてスーパーに行くと必ずねだられる。親は「なぜ、これがそんなに好きなの?」と不思議に思いながらも「ま、たまにはいいけど」と買う。実のところ、忙しい朝に日本式のお弁当のように手間と時間のかかるランチを作る家庭はなく、ランチャブルズは親にとっては「自分で作る手間が省けてありがたい」ものでもある。

給食にはベジタリアンもハラルも

 ただ、実際のところはアメリカも持参のランチより学校給食を食べる子どものほうが多い。メニューは州や行政区によって異なるが、私が住むニューヨーク市では朝食(シリアルなど簡単なもの)と昼食を無償で出している。朝食は家庭で食べてから登校する生徒もいるし、昼食もアレルギーなど特に理由がなくとも家庭からお弁当を持参してもよい。

 学校での給食ランチのメニューは日替わりで、ベイクド・トルティーヤ(メキシコ)、ベジ・ジンジャー・醤油ライス(アジア)、カリビアンスタイル・ビーフパテ(カリブ海諸島)、ヒヨコ豆のシャワルマ(中東)、マカロニ&チーズ(アメリカ)、ピザ(イタリアではなく、アメリカを代表するメニューとして)など、多様性の都市ニューヨークを表している。これらのメインメニューとは別に、PB&Jサンドイッチは常に置かれている。メインメニューだけでは食べ足りない生徒、メインメニューが口に合わなくて食べられない生徒のためだ。ピーナツアレルギーの子どものために、代替のヒマワリのタネのバターを使ったバージョンもある。

 給食ランチにはハラル、ベジタリアンのオプションもある。ハラルは特に中東風メニューというわけではなく、先に挙げたメニューとほぼ同じ。イスラム教徒は中東系だけでなく、アジア系、アフリカ系にも多く、ハラル=中東料理ではない。

 なお、夏休みや冬休みに毎食を家庭で食べさせると食費がかさみ、低所得家庭には厳しいことから、近隣の学校や図書館などに出向いて無償の朝食とランチを受け取ることができる。その際、事前の登録やIDは不要で、18歳未満(に見えるなら、ということになる)なら誰でも受け取れる。

 それでも小学生が日本式のお弁当を持参すれば、他の子どもの目には物めずらしく映る。中には多様性に慣れており――自分とは人種が異なる人、初めて見る料理や事象を「そういうものだ」と自然に受け入れ、かつ好奇心があり、お裾分けされれば喜ぶ子もいる。

 以前、普段は給食を食べていた私の息子が急に「おにぎりを持っていきたい」と言ったのは、それを見越していたのかもしれない。「それなに?」と不思議がるクラスメートに息子がすすめると嫌がらずに食べ、「おいしい」と言ってくれたそうだ。なお、本来はアレルギー対策として食べ物のシェアは禁止されている。

 日本人の子どもは、まずはアジア系の外見で極度に目立ってしまう。米国生まれの日系人であれば英語を話すが、移民であれば意思の疎通にすら苦労し、疎外感や孤独感に苛まれる。そこへクラスの誰も見たことのない日本式お弁当を持参するとなれば、どうなるか。

 今、日本で劇場公開中の映画『ライスボーイ』(監督・脚本:アンソニー・シム)は、まさにそうした光景を描いている。母親とともに韓国からカナダに移民した幼い少年・ドンヒョンは、白人のみの学校でお弁当のキンパをからかわれ、「ライスボーイ」と呼ばれていじめられる。母の手作りのお弁当をこっそりとトイレのゴミ箱に捨てるドンヒョン。教師もアジア人への理解がなく、ドンヒョンはやり場のない悔しさと悲しみを呑み込まなければならなかった。

 多くの欧米人にとって東アジア人(日本、韓国、中国)の区別はない。映画のこのシーンに、米国生まれの日系人で「カルチャー×アイデンティティ×社会」をテーマに執筆するジャーナリストの竹田ダニエル氏が深い共感を寄せているのも、それが理由だ。

 
出典:Ppresident.jp