福岡正信自然農園         

自然の力を活かし自然の秩序に従う

 正信が著した「わら一本の革命」は、世界に一石を投じました。

 如何なる流儀にも支配されないその考え方は、多くの共感者を呼び、世界各国から多くの来訪者がこの地を求めました。
 当時、世界が大きな経済成長を果たした時代は、モノによるココロの充足感をもたらした反面、モノではないココロの充足を追い求める人々の軌跡でもありました。
 その時、一筋の光明として、当園の存在があったのだと感じます。

 当時の考え方を基に、今なお手塩にかけて栽培する農産物は、自然との対話を尊重しながら、消費者との真摯な呼応を大切にしています。
 時には不揃いで ゴツゴツした形も 私達らしさだと感じています。
 そして決して、消費者を裏切らない、自然を冒涜しない、

 愚直な私達です。

 混沌とした社会のシステムに歪みが出ても、清らかな山や川の自然はもとのままのなつかしい姿で存在し、一滴の雫は大河を作り、再び国を創ります。
 当園では、正信から雅人・大樹と紡がれた「命のリレー」は大河の一滴ですが、これからも変わらず、日々、清き明き心を宿した一滴でありたいと愛媛の田舎より願っています。

 それが福岡正信自然農園です

 福岡正信自然農園では、日々、百姓として「農」と向き合い、動植物やそれを取り巻く環境との関わり合いを大切にしています。
 それらはとても基本的な事ですが、意義深い所作だと考えています。

  • 畑と向き合う心構えを整える
  • 移り行く季節の香りを感じる
  • アプローチするタイミングを見極める
  • 動植物との距離感を感じる

 いささか難しい時代になったのも確かです。
 ただそれはあらためて、しっかり自然の息吹と共鳴する事が必要とされている時代である事を意味しています。
 ここに当園での作業の一部を記しています。
 それは、世間の方が期待する「特別なもの」ではないかもしれません。
 ただ私達にとっては、それがすべてであり、かけがえのない「自然との対話」であると考えています。

 自然は 自然に任せておけば、自然は 自然に復元するというものである

 だがこれは放任ではない

 そう正信が「わら一本の革命」で著した言葉は、今もなお私達の心の道標として息づいています。

森々と山深い細道は、「自分」と向き合う入り口。

 毎日ここを通るたび、粛々と脈打つ自然と皆様方への大きな責任の重さに、あらためて心が凜とするのに気づかされます。

樹々は、優しく包んでくれる。

 剪定による負荷を最小限にとどめられた樹々は、勢い良く天へと伸びていきます。

 その枝を這い上がり、柑橘の樹海へと降り立ちます。
 そこで丹精込めて、柑橘を収穫します。

自然との共生は、良き理解者との共働作業。 

 私たちは、「自然界から取り除かれるものは、何もない」と考えています。それは、虫たちも同様です。

 化学農薬を使用して「虫たちを排除する事」はしません。

 彼らも、当園をしっかりサポートしてくれる良き理解者であるからです。

樹々との対話から生まれる。

「足して、引く」算術では表現出来ない、自然界のバランスと調和を大切にしています。

 化学農薬を一切使用せずに行う炎天下の除草作業もその一つです。

 滴る汗がその大変さを物語っていますが、とても尊き作業です。

綺麗なものがすべてではない。

 瑞々しさと一緒に表面が一部黒いものがあります。
 それは農薬不使用の証です。

 見た目の良さを重視する柑橘表面へのワックス処理をせずに、そのまま出荷します。
 それがとても自然だと感じています。

不揃いが自然。

 世の中では、「大きさ・糖度」別に分類・出荷される事があります。そして規格外と呼ばれる出荷規格に当てはまらない生産物は、廃棄・放置される事が多いです。

 このように行き場のない物は、私達、百姓にとってとても心が痛む存在です。
 そのため大きさに極端なものがない限りは、大小混合で出荷しています。

 
出典:福岡正信自然農園