出典:Minorasu
近年、環境負荷の少ないサステナブル(持続可能)な農業の実現が、世界的な課題とされています。その課題解決の救世主として注目されているのが、「窒素固定細菌」です。窒素固定細菌の活用で、化学肥料の過剰施用を抑えながら、高い地力を維持する効果が期待されています。
「窒素固定細菌」は、植物が窒素を吸収するために重要な役割を担う微生物です。その特性を知って正しく農業に取り入れることで、地力向上や施肥量の適正化、環境負荷軽減などの効果が期待できます。本記事では、窒素固定細菌の特徴や研究動向を解説します。
「窒素固定細菌」は、持続可能な農業を実現する手段の1つとして注目を浴びており、日本はもとより世界各国のさまざまな機関で研究が進められています。
ここでは、窒素固定細菌について、生態や農業との関わりに触れながら解説します。
窒素固定細菌とは、空気中の「窒素」を利用して有機窒素化合物である「アンモニア」を合成できる微生物の総称です。空気中の窒素からアンモニアなどの窒素化合物を合成することを「窒素固定」といいます。
窒素固定細菌は、植物との関係性によって大きく2種類に分けられます※。
1つは、大豆などのマメ科植物やヤマノイモ科植物を宿主として共生し根粒を作る「根粒菌(リゾビウム)」や葉粒菌などで、「共生窒素固定菌」といいます。
共生窒素固定菌は、単独では空気中の窒素固定をしません。宿主植物と共生することで初めて窒素固定が行われます。
もう1つは「単生窒素固定菌」といい、アゾトバクターやクロストリジウム、光合成細菌、シアノバクテリア(らん藻)などが含まれます。これらは土壌や水などの中に広く生息し、単独で窒素固定を行います。
ただし、単生窒素固定菌の中でもいくつかの種類は、植物の根圏の土壌や根の表面に集まって生息し、ゆるい共生関係を持ちます。
また、1980年代後半以降になって、根粒は作らないものの植物体内に生息して共生関係を持つ、窒素固定細菌についての研究も進められました。これらは「植物体内窒素固定細菌(エンドファイトの一種)」と呼ばれています。
いずれの細菌も、土壌中や水中、植物体内などで生息しながら、空気中の窒素ガスを生物が代謝できる「アンモニア態窒素」に還元します。つまり、窒素固定細菌は「空気を肥料にできる」存在であり、窒素循環の役割も担っています。
※実際には、植物との関係性による分類のほかに、酵素の要求性による分類や栄養要求性による分類など、さまざまな性質による分類があります。
持続可能な農業の実現に向け、いま期待がかかる存在
窒素は、リン酸・カリウムとともに肥料の3要素とされ、植物が生育するために不可欠な養分の1つです。
しかし、化学肥料の原料であるアンモニアは、作成時に高温・高圧力が必要なため、大量の化石エネルギーを消費します。
また、化学肥料を過剰に施用した場合、土壌に残った窒素が温暖化の要因となったり、河川や湖沼に流れた窒素が富栄養化現象を引き起こしたりする可能性があります。
そこで、これらの問題が深刻化するのを避けるために期待されているのが、窒素固定細菌の活用です。
窒素固定細菌が豊富に存在する土壌では、作物が窒素固定細菌を通して窒素を摂取できるので、その分、化学肥料の使用量を削減できます。
加えて、土壌中の窒素をアンモニア態窒素にするため、温室効果ガスの排出を軽減できる可能性もあります。
先述した通り、窒素固定細菌は作物が吸収しやすいアンモニア態窒素を供給できるため、その分の施肥量を抑えられます。
また、窒素固定細菌は、窒素の供給以外にも、作物の生育にさまざまなメリットをもたらすことが明らかになってきました。
例えば、インドのシェレカシミール農業科学技術大学は、「アゾトバクター」という単生窒素固定菌に関する論文を発表しています。
アゾトバクターにより、トマトやきゅうりでは発芽と苗の成長が増長し、玉ねぎでは根の長さや草丈、球根の大きさや重量、根の定着率などが大幅に向上する、という内容がまとめられています。
具体的な成果として、アゾトバクターによって作物の収量増加が見込める範囲は、野菜で2~45%、サトウキビで9~24%、トウモロコシ、ソルガムなどで0~31%と報告されています。