[食の履歴書]目覚めてサクランボ 台所に山形いくつも

出典:日本農業新聞

 

さとう・まさひろ 1958年、山形県生まれ。劇団ヴォードビルショーを経て、84年にWAHAHA本舗設立。25年にわたり座長を務めた。

 私の生まれ育った山形県は、米も野菜も果物もおいしい。この時期ですとサクランボ。農家の人は、冬に丁寧に剪定(せんてい)をします。その後で接ぎ木。剪定と接ぎ木で、取れ高が変わってくるそうです。同級生もよく「去年は接ぎ木がうまくくいったから、今年はいいのが取れた」と言っています。手間暇をかけて育てるからこそ、日本一なんですね。

 実家では、サクランボを買ったことはありません。大工をやっていたんですけど兼業で農業をやっている職人さんが持ってきてくれたり、近くの農家の人がたくさん取れたからと分けてくれたりしたので。生産の時期の最後の最後に、出荷できる質ではない実を「捨てるのはもったいないから」とどっさり2キロぐらい持ってきてくれたこともありました。

 朝、目覚めとともにサクランボを食べたこともあります。昔は蛍光灯はひもを引っ張ってつけたり消したりしてましたよね。ひもに別のひもをくっつけて、寝ている自分の頭の上くらいまで伸ばしていました。そのひもの先っぽに、サクランボの房をくっつけておいたんです。朝起きたら、目の前にサクランボがぶら下がっている。それをパクっと。

 他に山形の夏といえば、ご飯にかけて食べる「だし」。隣県の秋田、宮城、福島にはないそうですから、山形だけの郷土料理なんですね。料理というほど手の込んだものではないけど、絶妙にうまいんです。

 ナス、キュウリ、ミョウガと大葉をみじん切りにして、しょうゆであえるんです。昼食の冷やご飯にササッとかけて、カカカカカッて感じで食べる。ご飯がなんぼでも(いくらでも)食べられます。冷ややっこやそうめんにかけてもうまい。涼やかな心持ちになる上、腹は温かく満たされる。言うことないですね。

 最近はスーパーでもだしを売っていますけど、それはしょうゆ漬けになってるからちょっと違う。漬物ではないんです。新鮮な野菜をしょうゆであえるだけ。畑からばあちゃんが取ってきてみじん切りにしていました。フードプロセッサーでやっては駄目。大工なので包丁もきれいに研いでいたので、よく切れる。それで丁寧に切っていました。

 ナスといえば、母親が作った漬物もうまかったですね。家で取れたナスと塩、色付けのために加えるミョウバンだけで作っていました。冷やご飯をざるに入れ、出しっ放しの井戸水をかけてぬめりを取りながら、ざるの冷やご飯を右手ですくって食べる。その後で左手に持ったナス漬けを。ご飯、ナス、ご飯、ナス……と交互に食べる。井戸水で冷やしたご飯は甘味も増し、塩味のナスと互いのうまさを引き立てるんですね。

 今も私の家の台所には、山形産のものがいくつもありますね。米は30キロ入りの袋で取り寄せています。袋に大きく「山形の米」と書かれていて、とても頼もしい。この米は天日干しなので、香りが違うんです。それを三分づきにしてもらっています。三分づきだと食べ応えがあり、満腹感、満足感が違います。チャーハンにするとすごくおいしいんですよ。酢飯にして食べたい時は、家に精米機がありますので、自分で精米して食べています。

 夏になれば、兄や友人がサクランボを送ってくれます。全部合わせると10キロくらいになる年もあります。おかげでこれまで私はサクランボを買ったことがないんです。他にも秘伝豆という大豆、山菜の缶詰、乾麺のうどん、そば、ラーメンといった山形産食材がそろっています。

 そういう食材を友人にお裾分けする。自分のことを育ててくれたものを、他の人に食べてもらえるのはうれしいですね。私は故郷・天童市の観光大使も務めているので、山形の農作物と東京の人のつなぎ役になれればと思っています。