岩手県を中心とする北東北に、現代のナシとはかなり異なる様相の小さなナシが残っている。宮沢賢治の童話「やまなし」で描かれているように薫り高い在来種だ。古くからこの地で食されていた「イワテヤマナシ」について、20年以上研究している神戸大学の片山寛則さんにお聞きした。
DNA分析で確認したところ、イワテヤマナシの起源地は北上山系。ここには自生地があります。自ら種をつくり、実を落とし、それが発芽して次の世代をつくっています。自然のままに存在する野生種は200本ほどで、近い将来の絶滅の危険性が高い「絶滅危惧種IB類」に指定されています。
イワテヤマナシにあって、今のナシにないもの。それは「香り」です。宮沢賢治が「やまなし」で書き残しているように、とても香りがいいんです。そして、味が酸っぱいので調べてみるとクエン酸が相当多いことがわかりました。また、抗酸化物質として有名なクロロゲン酸もかなり含んでいます。
実は、イワテヤマナシは食べてもあまりおいしいものではありません。イワテヤマナシを知る年配者が「あの硬くて渋い、まずいナシね」と言うほどです。ただしこれは一理あって、自然界や民家の庭に植えても生き残るような強いナシですから、毛虫を寄せつけないとか病気にかかりにくい成分を含んでいる。だからヒトにとっておいしくないのは当然なんです。
イワテヤマナシの香りを、現代の美味なナシにプラスできれば、より優れたナシを新たに生み出すことができるはず。そう考えてイワテヤマナシを育種の母本(ぼほん)(親)とする品種改良を行なっています。
ところが思い通りにはいかないもので、イワテヤマナシと現代のナシをかけ合わせてできた木の実は、香りはあるけれどおいしくない。そこで、その子どもにまた別のおいしいナシの木と交配させましたが、まだ不十分なので3回目の交配を進めているところです。
一年一作の米と違って、果樹の品種改良は時間がかかります。8年から10年で1サイクル。今ようやく3回目です。その実がなったら私が生きている間にできることは終わりです。親となる木を残しておけば、のちに使う人が出てくるはずと期待しています。

