ゴビ砂漠を緑にした日本人

300万本の木を植えたのは
中国のゴビ沙漠です。

1972年。一人の男がその砂漠に木を植えようと決意する。
 その人の名は遠山正瑛(せいえい)。そのとき鳥取大教授を退官、65歳だった。彼は定年後の人生をどう生きようかと考え、中国の砂漠に木を植えようと決意した。

遠山氏は鳥取砂丘の農地化を計画し、日本で初めて砂漠にスプリンクラーを導入、鳥取砂丘の農地化に成功した人だったのだ.

 彼がゴビ砂漠に木を植えることを思い立ってから7年後――遠山氏72歳――日本からボランティアを募集し、数十人が現地へ飛び立った。そしてゴビ砂漠にポプラの木を植え始めた。
 何もない砂だけの砂漠に穴を掘り、苗木を植える。苗木が枯れたり、羊に食べられたりする。現地の人からはバカな行動だとして理解されない。だが、遠山氏他の日本人ボランティアはひたすらポプラを植え続けた。

 目標300万本の植林計画に対し、最初の1年は8000本しか達成できなかった。このままでは完成まで200年かかってしまう。計画は日本人中心から現地中国人を使っての植林へと変わっていく。

 しかし、彼らはやっつけ仕事。地面を浅く掘って植えるので、苗木がすぐ抜けてしまう。そこで奮闘したのが塩田さんだった。現地の人と酒を酌み交わし植林の意義を議論して、中国人作業員をやる気にさせた。
 次第にポプラは大きくなる。しかし、枯れるのを防ぐためには、育ち始めた苗木を剪定(せんてい)しなければならない。その仕事をやったのが東条さんだった。
 二人はその活動を経て「大きく変わった」という。そして、困難が起こるたびに皆を励ましたのが発案者の遠山氏。彼は「とにかく植えよう、やり続けることだ」と言い続けた。

 それから約二十年、目標の三百万本が近づいた頃砂漠に大雨と大洪水が起こり、数万本のポプラが流されてしまう。悲嘆にくれ、あきらめかけたボランティアたちを前にして、ただ黙々と植え続けたのが遠山氏だった。
 そして、2001年植林は目標の三百万本に到達した。かつての砂漠地帯は、根付いて成長したポプラの森が広がる緑地となった。三百万本目の植樹式には中国総主席紅沢民氏も来たという。今ポプラの森の中では畑がつくられ、農業が始まっている。

素晴らしいと思った。そのような活動を知らなかった自分も恥ずかしいけれど、その活動をやる日本人――ここでもお年寄り――がいたことがまた素晴らしい。

遠山氏の言葉をいただいて……

物事はいいと思えば始めよう 始めたならば ただ続けよう

 
出典:ゆうさんごちゃまぜ