小麦生産量を3倍に増やす!?変異遺伝子を発見

実験により小麦生産量を増加させることに成功

 パンや麺類に欠かせない小麦は、世界中の人々の食事を支える最重要作物です。

 しかし近年、世界人口の増加や気候変動の影響によって、小麦の安定供給がますます課題となっています。

 そんな中、アメリカのメリーランド大学(University of Maryland)の研究チームが、「たった1つの遺伝子の変化で小麦の粒数を増やせる」かもしれない遺伝子の仕組みを発見しました。

 パンコムギ(学名:Triticum aestivum)は、私たちが日常的に口にするパンやラーメンなどに使われる世界的な主食作物です。

 この小麦の「穂(スパイク)」には、いくつもの「小花」がついており、1つの小花には通常1つの雌しべ(子房)ができます。

 そしてこの子房が受粉して1粒の小麦が生まれます。

 つまり、小花1つにつき1粒というのがこれまでの常識でした。

 ところがごくまれに、1つの小花から2粒、3粒の小麦が実る突然変異体(multi-ovary/MOV)が発見される(画像)ことがありました。

 農業関係者や研究者の間では昔から知られていましたが、なぜこの現象が起こるのか、どのような遺伝子が関与しているのかは長年の謎でした。

 今回、国際研究チームは、普通のパンコムギとMOV変異体の全ゲノムを比較解析し、その差を徹底的に調べ上げました。

 すると、「WUSCHEL-D1(WUS-D1)」という遺伝子が変異体で特異的にON(活性化)になっていることを突き止めました。

 このWUSCHEL-D1遺伝子は、本来パンコムギのDゲノム上に存在しますが、通常は「眠ったまま(発現しない)」になっています。
 
 ある実験では、1つの穂あたりの粒数は、通常の小麦が平均119粒だったのに対し、MOV系統ではなんと204粒へと約70%増加していました。

 つまり「この1つの遺伝子スイッチ」が穀物の生産性を大きく変える鍵であることが明らかになったのです。

 この発見が持つ社会的・農業的インパクトは計り知れません。

 人口増加や気候変動による農地・資源の制約が叫ばれる中、「同じ土地・同じ資源で、より多くの食糧を生み出す」ための新しい品種改良の方向性を切り拓く成果です。

 また、WUSCHEL-D1のような「開花や実りをコントロールする遺伝子スイッチ」を標的にした、次世代のゲノム編集や育種技術への応用も期待されます。

 今回の実験では、粒がやや小さくなる傾向もあり、収量(重さ)が単純に倍増するわけではありませんでした。

 しかし、今後の研究次第では小麦生産量を3倍にまで増やせるかもしれません。

 そして消費者や現場で気になるのが「安全性」でしょう。

 WUSCHEL-D1は植物が本来持っている遺伝子であるものの、市場化には成分・アレルゲン・栄養変化などの安全性審査が必須です。

 粒数増加による粒の小型化や品質面、実際の農地適応性など、今後も慎重な研究と評価が求められます。

 たった1つの遺伝子スイッチで、小麦の収量を劇的に増やせる時代が近づいています。

 世界の食糧問題や持続可能な農業に向けて、今後の実用化・社会実装に向けた動向にも注目できます。