『奇跡のリンゴ』の話し

出典:神座・組織システム研究所

 

「自然農法の現実」

 木村氏に、建築会社の社長を退いたSさん(当時60歳)が、無農薬リンゴ栽培を始めたいと、木村氏に弟子入りをします。

600本のリンゴの木の栽培を始めた当初は、木も元気がよく、Sさんは「このまま楽勝じゃないか」と思ったといいます。

ある日、そうしたSさんのリンゴ畑を訪れた木村氏は、地面の雑草を見て、Sさんが木村氏の指導を実行していないことに気がつきました。

前回、少しお話しましたが、木村氏の栽培の成功の最大の要因のひとつは、自然に限りなく近い、ふわふわのやわらかい土づくりです。

木村氏は、リンゴの木の病気や害虫に対して、農薬の代わりに、薄めた酢を散布します。

通常の農家では、液体を畑に撒く場合、スプレーヤーというトラックのような噴霧機を使って、短時間で散布作業をするのが常識だそうです。

しかし、木村氏は、自然で柔らかい土を保つために、何百本という木に対しても、背中に酢を入れたタンクを背負って、手で一本一本に酢を振りかけていきます。

丸一日歩きっぱなし、酢まみれになる作業です。

そうした話を聞き、「スプレーヤーは絶対に使うな」と言われていたSさんは、しかし、数回にわたってスプレヤーによる酢の散布を行っていたのでした。

木村さんは下草の折れ具合で、そのことを見破ってしまいました。

木村氏から注意を受けたSさんは、その場では謝ったものの、「なぜどの農家も普通に使っているスプレーヤーを、まったく使ってはいけないのか」とう疑問を心に抱えたままでした。

スプレーヤーなら1時間半ですむ散布作業が、手散布をすると数日かかってしまうからです。「なぜ、そんな非効率なことを・・・」Sさんの偽らざる気持ちでした。

さて、秋が近づくにつれて、Sさんのリンゴ畑では、枯れて落ちる葉、病気で変形してしまう葉が爆発的に増え、ほとんどのリンゴが病気にかかってしまいました。

慌てたSさんは、木村氏に指示を仰ぐために電話をします。

その電話口で木村氏が言ったことは、一刻も早く酢を散布すること。

そして、Sさんが耳を疑ったことに、「スプレーヤーを使ってもいいから」と。

あれほど口を酸っぱくして、「スプレーヤーは決して使うな」と言い続けていた木村さんが「スプレーヤーを使っていいから」と言った。。。

Sさんはその意図を図りかねて、しばらく考え込んでしまいました。

「答えはリンゴに聞け」という木村氏の言葉を思い出したSさんが畑に出てみると、リンゴが狂い咲きを始めていました。

秋に花が咲いてしまった枝には、その次の年には花がつかず、従って、翌年の収穫がないということを意味します。

それを見たSさんは、自分が手抜きをしたきた未熟さに気が付き、手散布を行うことを決心しました。

実はこれは、木村氏の賭け、でした。ここでスプレーヤーを使うようであれば、Sさんはいずれ必ず挫折する。それを見極めようと思ったのです。

その年、Sさんの畑からは、結局、数個のリンゴしかまともに収穫できませんでした。

木村氏の畑で収穫が行われている日、Sさんはわずかに採れたリンゴを持って、木村氏を訪れました。

そこで木村氏がSさんにこの1年の感想を聞きました。するとSさんは、

「がっかりしたけれど、これが自然農法の現実かなと。」 

その感想に対して、木村氏は直接答えず、このように言いました。

「技術は、心があってあとから伴ってくるものなんですよ」

「こんなに頑張ったリンゴの木にねぎらいの言葉をかけてあげてくだい」と。