「今さらコメ増産といっても」

減反政策が農家の気力を奪い、産地をボロボロにした

 鬼怒川など複数の川が流れ、肥沃(ひよく)な土と豊富な水に恵まれた栃木県上三川(かみのかわ)町。11ヘクタールの田んぼで、農薬も除草剤も化学肥料も使わない自然農でコメづくりをする上野長一(ちょういち)さん。

 代々続く農家の長男に生まれ、高校卒業後の1971年に就農した。そのころ始まったのが減反政策。当時問題となっていたコメ余りに対処するため、国は農家のコメ生産量を抑制した。地区ごとに減産の割り当てが課せられ、拒否すれば自治会に背を向けることになった。

 上野さんも約10年は田んぼの3分の1をキュウリやトマトのハウス栽培などで転作に充てていたが、オイルショック後の資材や燃料の高騰、借金で建てたハウス設備の老朽化で、経営が成り立たなくなり腹をくくった。「食べ物の中心はコメ。減反でないがしろにされているが、無農薬で確かな品質のコメをつくるのが自分の道」

— 「コメを通じて人の思い、命の豊かさ伝えられたら」 —

 自治会長の説得を受けても「コメをつくらないと生活できない」と減反拒否の意志を貫き、農協へ出荷しなくなった。30代前半、当時出合った自然農を研究し実践した。

—  「政策によって追いやられた自分のよう」 —

 市場原理で栽培されなくなった珍しい在来種や古い種を600種以上集め、黒米や赤米、緑米など毎年約50種を混植するほか、7ヘクタールの畑に小麦やライ麦なども栽培している。「種を分け合うことで、人の思いも受け継いでいる。コメを通じて、お金の多寡ではなく、人の思いの豊かさ、命の豊かさを伝えられたら」
 コメは口コミで広がった約250人に、年間計4.2トンを販売している。一人一人に農作業の近況を伝える手紙を添え、顔の見える関係を築いてきた。

— 「コメ不足は政府の失策が原因」 —

 「稲にまつわる生き物、文化、環境、文芸があり、そこからいろんなものが見えてくる。コメづくりをお金に換える手段にするだけではむなしい」。約20年前から、地元の小学校3校で年7、8回、総合学習の時間に稲作体験やしめ縄づくりなどコメに関する授業を続けている。
 長年続いた減反は2018年に廃止されたものの、国は転作農家への補助拡充やコメの需要と見合った生産量の公表などを通じて、減産への誘導策を続けた。上野さんは現状をこう思う。「コメ不足は、10年、20年先の農業を見てこなかった政府の失策が原因だ」

 
出典:東京新聞