現代医学は、研究施設で始まったわけではない。真のその起源は、治療者が植物の葉や根、樹皮や花を集めた、森や野山や河原にある。
こうした植物には、有毒のものもあれば、治療効果を持つものもあり、両方を兼ね備えるものもある。何より、こうしたプロセスは、化学や臨床試験が影も形もなかった時代から、延々と続いてきた。
人類史のなかで利用されてきた無数の薬草の中で、世界の医療に特に絶大な影響を与えたのが、キナノキ、ヤナギ、ジギタリス(和名:キツネノテブクロ)だ。
これらの植物がたどった、民間医療から医薬品への道は平坦なものではなかった。それぞれが、試行錯誤、植民地の搾取、誤った処方による惨事、悲劇的な誤解に満ちていた。
キナノキ――マラリア薬キニーネをもたらした有毒の樹木
何世紀もの間、マラリアは人類にとって最も危険な病だった。低所得国においては、マラリアは現在も主要な死因の1つだ。
18世紀と19世紀の間、周期的にマラリアが流行し、コミュニティに蔓延する地域は、外国人には居住不可能とみなされた。しかし、南米アンデス山脈の高地に自生するキナノキが、ブレークスルーをもたらした。
先住民のケチュア族は、はるか昔から、キナノキの樹皮を解熱剤として利用してきた。イエズス会の宣教師たちは、17世紀にこの風習を知り、キナノキの樹皮をヨーロッパに持ち帰った。ほどなくこの薬は、「イエズス会士の樹皮」と呼ばれるようになった。
医学誌『Malaria Journal』に掲載された論文によれば、キニーネの単離に成功したのは1820年のこと。フランスの化学者ピエール=ジョセフ・ペルティエと、ジョセフ・ビヤンネメ・カヴェントゥによる業績だ。
ペルティエとカヴェントゥは、民間療法を標準的な医薬品に変えた。当時、キニーネはマラリアの死亡率を下げただけでなく、熱帯地域におけるグローバル貿易、植民地化、軍事的領土拡大を可能にした――医学だけでなく、地政学にも激変をもたらしたのだ。
キニーネの治療効果は確かだったが、同時にいくつかの深刻なリスクを伴った。
- 毒性と過剰摂取
キニーネの安全な服用量は、中毒を起こす量と紙一重だ。普及当初には、医師の過剰処方によるキニーネ中毒が頻発した。キニーネ中毒の症状には、視力の喪失、耳鳴り、せん妄などがあり、時には心不全に至る。 - 処方の乱発
マラリアの解明が進むまで、キニーネはあらゆる発熱症状に処方された。結果として、多くの患者の症状は悪化し、死亡することさえあった。実際には感染していない病気の治療薬を与えられたのだから、それは無理もない。 - 植民地の搾取
ヨーロッパ列強は、キナノキの種子を密かに持ち出し、アジアとアフリカにプランテーションを建設した。これにより先住民コミュニティは、数世紀にわたって利用してきた植物の管理権を奪われた。
現在でもキニーネは、WHO(世界保健機関)が定める必須医薬品モデル・リストに掲載されており、臨床医学における変わらぬ重要性を物語っている。
出典:Fforbes

