2011年9月の紀伊水害の影響で人口流出が進む奈良県十津川村で、特産のアワ「むこだまし」をたった一人で栽培し続ける女性がいる。土砂崩れで一時孤立した 山天やまてん 地区に住む松葉俊子さん(91)だ。むこだましは全国でも栽培者がほとんどいない希少な穀物で、松葉さんは「ずっと育ててきたので絶やしたくない」と気を張り、後継者の育成にも取り組む。(奈良支局 児玉奏子)
強い日差しが照りつける8月下旬、松葉さんは斜面に広がるむこだましの畑に立ち、鎌で雑草を刈っていた。「毎日手入れしてもすぐ生えてきて大変」と、タオルで汗を拭う。
むこだましは色が白く、白米に見せかけて婿にふるまったことが名前の由来のコメの代用品。山天地区を中心に村内で栽培され、餅に混ぜるなどして食べていた。松葉さんは「育て続けることが生きがい。元気に働けることが何より幸せ」と笑顔を見せる。
今は穏やかな山村の風景が広がる十津川村だが、14年前は75か所で山腹崩壊が発生。12人が死亡・行方不明となり、住宅48戸が全半壊した。当時、6世帯10人が住民登録していた山天地区は集落につながる道路が土砂で寸断され、松葉さんは夫の良久さん(2014年に84歳で死去)と約1週間の孤立を経験した。
村が負ったダメージは深刻で、被災後、移転する人が相次いだ。現在の人口は約2700人と、14年間で3割以上減少。山天地区も5世帯6人となった。松葉さんが約70年間続けてきたむこだましの栽培は、人口減のため継いでくれる人が村内で見つからないという。
むこだましは、村内の温泉ホテルが出す郷土料理「むこだましの団子のあんかけ」に使われていて、2年前までは松葉さんを含めて山天地区に住む高齢の女性3人が担っていた。しかし、現在は松葉さん以外の2人は体調を崩すなどして作っていない。村役場でも後継者を探しているが難航しており、やむなく松葉さんに「作り続けてほしい」と頼んでいる。
そのため松葉さんは最近、村外での継承に期待をかける。むこだましのように、種苗会社から種や苗を買わず、自家採種で栽培する伝統的な作物に関心を持つ人が近年増えており、県外から村を訪れて栽培方法を学ぶ人がいるという。
和歌山県那智勝浦町の農業、東条雅之さん(41)もそんな一人。知人の紹介で松葉さん宅に通っている。「代々つないできた種や文化が失われるのはもったいない。後世につないでいきたい」と、松葉さんから種をもらって自宅で栽培。半年ごとに松葉さんを訪ね、種まきの注意点や間引きのコツなどを学んでいる。
松葉さんは「山天地区でなくても、どこかで残り続けるのであればありがたい」と語り、今月末の収穫を楽しみに毎日畑に出ている。
出典:読売新聞オンライン

