タラの芽 (19.04.14)

 タラの芽は、最近ではスーパーの店頭に立派な商品の顔をして並んでいる。トゲトゲの姿に似合わず、いやむしろ、そのワイルドさに故に、春の味覚の代表格として、都会人にも人気を得ているようだ。

人気の高まりにつれて里山にタラの芽を見かけることが少なくなってしまった。芽はことごとく摘み取られてしまい、ひどいものは無残にも樹自体が切られてしまっている。私も身近で採ることがなかなかできなくなった。

昔は田舎であっても、タラの芽をこれほど大量に食べるわけではなかった。

私が、タラの芽を意識したのはもう30年前のことで、就職して暫らく沼津に住んだときのことである。福井の山育ちの友人が遊びに来たときに、沼津インターの東名バス停で降り、我が家に歩いてきた。彼はその道すがらタラの芽を摘んできたのだった。

そうして、「こっちでは採らないんだね、道の脇にいくらでもあったよ」と、袋一杯の収穫を広げて見せ、ついでに美味しい食べ方も教えてくれた。その夜は天ぷらやゴマ酢和えにして、心行くまで味わったのだった。

 それが契機で、私も春の山菜に夢中になった。

その後私は、静岡市に越してきて、周辺の小坂や安倍筋、竜爪山などを毎年渉猟して、たくさん取れる場所を数箇所、秘密に確保し春の収穫を楽しんだものだった。

そのころ静岡ではタラの芽はまだまだ知られていなかった。飲み屋さんでの情報では、静岡県も西部の地域では「死人の杖」といって棺に入れる風習があって、縁起の悪いものとされていた、とも聞いた。棘のある姿は、とても食べる対象にならなかったのであろう。

タラの芽のシーズンは、30年ほど前には5月の連休のころで山吹の花が咲いている頃だったが、最近は春がどんどん早くなって、一月くらいは前倒しの感がある。季節の感覚が狂ってしまった。

タラにもオスとメスがあり、オスはトゲがきつくメスはトゲがあっても優しく目立たない。スーパーなどで見かけるのはメスが多いようだが、私はやはりオスのほうがいい。トゲがないと野生の植物という気がしてこない。

 たくさん食べて楽しませてもらったが、もうこの10年ほどは採りに山に入ることもせず、時折目にしたときは芽を摘んで、少しだけ楽しむ程度である。書いたように、近くでは目にすることが少なくなった。

独活(ウド)もタラに負けずに美味しい山菜だが、これも里山では見かけなくなった。同じウコギ科に属しているので、味わいには共通点がある。みずみずしい茎の部分はもちろん美味いが、私は青い芽の先端の天ぷらが好きで、これはタラと似て、なおタラより美味いと密かに思っている。

実は、山間のある集落の農道脇に独活がたくさん生えているのを知っているのだが、一度大声で怒鳴られたことがあり、集落の人が監視しているようなのでそれ以後は行く気にならなくなった。世知辛くなったものである。

万葉の時代から、春の野では若菜を摘むものと決まっている。

「こもよ、みこももち、ふくしもよ、みふくしもち、このおかに なつますこ いえきかな のらさね・・・」
とおおらかに、のどかに詠われている。
今は、季節の春そのものも商品となり下がってしまい、その代表格がタラの芽なのだろう。
【参照先不明】