リンゴに謝る──「奇跡」の正体  

 正直に言うと、最初から薄々わかっていたんです。無肥料はわかる。ただ、農薬なしでリンゴを栽培するのは、ロマンすぎると。。

 ただ、やってみないことにはわからない。

 年間の平均気温、降水量、病害圧。
 データを並べれば長野県安曇野市は ”日本の中では”リンゴ生産の適地とされている。

 それならできるかもしれないと、私はリンゴの自然栽培をしてみた。

「奇跡」と呼ばなかった先人たち

 実は長野には「奇跡」がコンテンツ化する以前に、自然農でリンゴを栽培していた生産者が何人かいた。

 彼らは決して有名ではないが、かと言ってそれを奇跡とは言わなかった。

 その理由は実際やってみてわかった。

田んぼにリンゴというミスマッチ

 自然栽培初年度、気合いを入れて数十本のリンゴを植えた。

 フジ、ツガル、紅玉などを事もあろうか、もともと田んぼの場所に3m間隔。

 それから1年。

 リンゴはなんと10cmしかのびない。。

 2年。また10cm。白い花が咲いて、まあ可愛らしい。。けど、

 プリプリまるまるの、あのリンゴには程遠い。。

 3年目。また10cm。。

 あれ!?これはおかしくない?とようやく気がついて、(おそっ)近くの雑木林を切り開き、そこに植え直すことに。

 冷静に考えればわかることだけど、

 田んぼの土は、稲のため
 畑の土は、野菜のため

 リンゴが育っているのは、本来は山のような場所。

 私は数年間、そのミスマッチを続けたことからリンゴは一切応えてくれなかった。

 もし肥料を与えれば、過剰代謝で育つように見えたと思う。ただ、根は育たず、虫と病気は早いうちに出て農薬は手放せない。

 田んぼを利用したリンゴ栽培はこのパターンが多い。

元雑木林への移植とリンゴの覚醒

 ともあれ、もと雑木林に植え直したリンゴたちはどうなったか。次は間隔は5m。(今なら8mにする)

 すると、1年でなんと80cm!枝葉ますます増え、2年、3年と100cmも伸びたりする。

 みるみる「リンゴの木」になっていく。。

 この時、ようやくリンゴが応えてくれたと思った。

 ごめんよ、変なところに植えて、と反省しきり。

剪定実験と拘束の違和感

 この当時、自然栽培果樹剪定では上に伸びる徒長枝をのばす、一般栽培とは真逆なやり方が試験されていた。

 私が探し求めていたフジの親品種「国光」コッコウの苗木も到着し、それも合わせて「徒長枝伸ばしまくり剪定」をやっていた。

 指導員は得意気に紐でリンゴの枝をぐるぐる巻きにして拘束状態に。枝は全部上に向けばいいとかなんとか。

 私はその指導員が帰ってすぐ、半分のリンゴの拘束を解き比較することにした。

 数ヶ月後、圃場に行ってみると拘束状態にあったリンゴだけが虫だらけに!慌てて紐を解くと虫はどこかに消えていた。

 まるで、リンゴの木がストレスを叫んでいるような体験だった。

 これら、初期に紐で縛ったほうは、あとあともその癖がつき樹形が綺麗じゃない。自然とは程遠い樹形に。。

 よく考えれば、木はそのままでちゃんと育つ形があるに人の不安や欲が余計なことをやりたがる。それが形に残ってしまった。

 特に国光はグングン上に伸びたがるので、徒長枝なんて強い枝を伸ばしたら実をつけづらい。強い枝を抑え、コンパクトにおさめることが必要になる。

 こんな具合であれやこれや、いろいろ試して、さらに5年が経過していた。

2018年、自称「奇跡」は実った

 世間で奇跡と謳われた無肥料、無農薬、自然栽培のリンゴは、その年、2018年に実った。

 農薬を使用しない代わりに袋がけをした。それをしないと黒ずんでしまうからだ。

 軽く拭くとワックスを塗ったようにピッカピカ!ずっしり重く詰まっている感じ。

 さあ、待望の実食!ガブリとかじりつく。

 その味は、、なんとも素朴。。そして驚くほど爽やかだ。

 本当はこんな味なんだ、りんごって。味覚というより体験だ。

 タネの部分は極めて小さく、それすら食べることができそう。

 しかし同時に、日本のマーケットには「古くて新しすぎる」と直感した。

 私個人としては、最高に好きな味。特に国光は最高に好き。そこから約8年。

疲弊していったリンゴの木

 ただ、リンゴの木はその後、虫食いだらけでかろうじて生きている状態になってしまった。

 今は昔と違い、長野でも夏の暑さはかなりのもので、虫も病気も出やすい環境。

 リンゴは本来、コーカサス地方原産で冷涼で乾燥気味の土地を好む。

 日本は平均して湿度が高い。病気が出やすい。つまり毎年、綱渡りで生きているようなもの。

 綱渡りを「技術」と呼ぶのは簡単だが、シビアに指摘すれば、それは北極で熱帯魚を飼って「奇跡」と言っているのに近い。

奇跡という名のエゴ

 だから、本州でのリンゴ栽培は無肥料減農薬が、バランス的にいいと思っている。

 私はリンゴを愛しているつもりだった。

 しかし本当は、「難しいことをやっている自分」を愛していたのではないか。

 自然栽培と言いながら、適地適作を無視する。

 それは自然への敬意ではなく、リンゴを利用した完全なエゴではないか。

 苦しそうにリンゴを実らせる木を見てだんだんそう思うようになった。

 柿は放っておいても実る。ヨーロッパや北米ではリンゴはそんな感じでそのへんにモリモリなってる。

 しかし、日本のリンゴは放っておけば枯れていく。
 この違いを目の当たりにした。

リンゴへの謝罪と感謝

 その観点から言えば、私がリンゴにしたことは、奇跡を大義名分にした虐待だったと言われても仕方がない。

 そこから謝るところから始めて今に至ります。無理をさせていたのは私でした。

 リンゴの皆さんごめんなさい。そしてたくさんの学びをありがとう。

 次は、リンゴが喜ぶ環境で気持ちよく栽培してあげると誓って。

 
出典:note