青森県上北郡における山菜類の採集と利用

 青森県の山菜の活用については、断片的ではあるが近世以来の記録が確認されている。例えば、日本海側の弘前藩の記録では、元禄7年(1694)の飢饉で、窮乏した農民達がやむをえずに牛馬、犬猫、鶏等の家畜を食べ、山へ入ってワラビの根、あざみ、しのはの葉、よめな、あかざ等の山菜を食べて命をつないだという。同様に太平洋側の南部家が支配していた領内でも、天保4年(1833)の飢饉でワラビ粉の値段が上昇している。山菜であるワラビは古くから救荒食としても活用されていた。さらに弘前藩領のワラビの品質の良さが知られており、人見必大が元禄10年(1697)に記した「本朝食鑑」でも「津軽のワラビは円肥で味が良い」と紹介されていた。弘前藩は上質なワラビを毎年「清蔵」として将軍家や諸家に贈ることを習わしとして、領内の平賀小国の住民達に献上ワラビ採取の労役を課し、採取法の決まりも定めていた。そのため近代まで現地には当時の献上ワラビ専用の櫃が残っていたという。

 その後、幕末から近代にかけての同県内の山菜利用の実態については、把握と研究が遅れており明らかではない。しかし、かなり時代が下った第二次世界大戦後の記録として、1956年6月17日に同県の十和田湖で偶然撮影された山菜採りの一行の写真がある。

 1956年6月17日、十和田湖にて佐々木直亮氏撮影

 撮影した佐々木直亮(故人)のメモによると、この一行は、主にタケノコ(根曲がり竹)を採る人々であり、背負っているタケノコー包みが38~45キログラムもあったが、子供達まで背負っていたという。現代の同地方でも、同じ4月中旬から7月初旬が山菜採りのシーズンとなる。さらに、平成10年代の青森県史編さん事業が、この地域の近隣にある十和田市深持や三戸町泉山、七戸町、新郷村西越で組織的な民俗調査を実施して、当該地域の人々が日常の副食として蔬菜と共に山菜を食べる習俗があったことを確認している。

 具体的には、主に春先から秋にかけて集落近くの山野から採取する、ゼンマイ、ワラビ、ミズ、フキ、ヨモギ、ボンナ、コゴミ、タラッポ、アザミ、ミズタガナ、ウツギの若芽、シドケ、セリ、ソデコ、バッケ、フクベラ、ミツバ、ヒロコ、カタクリ、アサヅキ、ウルイ、ボウフウ、ウド、ワサビ、ホドイモ、ジネンジョ、ユリの球根、タケノコ等の山菜である。それらを自ら加工して家庭で食べてきた。キノコ類についても同様であったという(7)これらは個人消費目的で山菜を採取している活動であるといえよう。これに対して写真の一行は、大きな包みを棒はかりで軽量したり、リヤカーやトラックに搭載したり、寝泊りする簡易な小屋も建てているところから、集団による生業としての採取だったと推測される。

 その後まもなく昭和40年代になると、社会全体で山菜が再注目されて、全国的に山菜採りがレジャーとなっていたようだ。山形県で山菜採集活動の実態を調査した丹野正も、昭和40年代当時、山菜ブームが起こっていたと記している。新潟県や福島県の山村におけるゼンマイ生産の実態を調査した三井田圭右も、昭和40年代当時、ゼンマイ等の山菜の価格高騰があり、山菜資源の価値の増大が基本要因となって山地最奥部の山村集落に過疎化に抵抗する力が与えられ、人口減少の緩和、所属水準の相対的な高位性などの集落維持の効果が現れていたことを指摘していた。

 ◎山菜採り等の回想録

・特にこういう山奥な所は昔の人は、山菜をあまり自分の畑に作らなかった。やっぱり山のものが一番おいしくて手に入りやすく、(山菜の種類によってみんなそれぞれの味とか香りとかあったから。山菜を採りに行くということは時期が来ると当たり前みたいなもので、私も4、5年前までは山を歩いていた。特に若い頃から山を歩いてきたという自信があったから。最近はこの近所の山でもよその人もたくさん歩いていて、「あれ、あの人(正一氏の事)営林署から山の管理を頼まれているのに山菜採っているな」と言われると困るからなかなか採りづらくなった。

・初めて採りに行ったのは中学校1年くらいでワラビだったな。15分か10分かで行けるこの辺(自宅前山林)(自分の)お婆さんについて行って手伝った。大分歳を取っていたから手伝って欲しかったんだろう。
 小さい時から遊ぶほうが好きだったけれども、手伝うとすこし小遣いをくれるからそれがよくてかだって(ついて)行ったのさ。だんだん面白くなってきて、一人で行き始めたのは中学校終わってからだったな。その後は親父とかの手伝いとかでもよくついていっていた。その頃はそれぞれの家で山に行くのは盛んであったが、好みでないと行かない人もいた。

・今からだと30年、40年前まではこの辺で取ってきたのを商売で売ったりしている人もそれなりにいて、まちの道路端(十和田市街)でも、ところどころで(売っているのを)よく見かけたな。(正確な値段は忘れたが)その売ってた人が他の売っている人に行って聞くらしい。ワラビだと1kgいくらくらいか聞いて、それよりもいくらかは安くして売っていた。

○山菜採り最盛期
・時期になると最低でも1週間に1回は行って、その日はずっと山にいた。特に土曜・日曜、祝日は皆朝は早いんだ。ちょうど今頃(5月中旬)だと何の種類でも生えているから。素人でもたくさん採りに来ていた。タラの芽・ワラビ・シドケ・ボナ・ゼンマイあたりが良く取れた。
・行く時は朝4時くらいには家を出た。(山の中の)細い道を行くので昔からバイクが一番良い。
・採る場所はこの辺(家の周辺)もそうだが、たくさん採りたいときは少し遠出して田代平、大中台牧場、検行平とかに行った。ワラビが1番取れた。
・この辺ではうちの前の道路から梅平。梅という集落の近辺の土地。そこはまた場所もいい。そこに行けば素人でも容易に見つけられるくらいの場所がたくさんある。ここも一番ワラビとかゼンマイが良く採れる。ボナやシドケは湿気のある所、ゼンマイとかワラビはその逆で乾燥している所で日当たりのいい所。特に今の(送電線の)鉄塔立っている所の近く、耕したところにはゼンマイは良く生えていた。
・山菜は手で採った。昔の人はわらび採るのも、「わらび折り」って言っていた。手で折れるから。わらび採りに行くと言わずにわらび折りにいくといっていた。ゼンマイなど他の山菜は折るとは言わない。
・採った山菜は背負い籠に入れて持って帰る。結構大きくて丸い形をしているもので、背中に綿を仕込んで背負った。大体山ブドウとかコカとか木の皮をむいて1カ月2カ月干して、それを編んだものだった。柔らくて丈夫で長持ちする。軽くて背負いやすい。自分で作って使う人もいたし、商売で作る人(履いて歩くわらぐつ、つまごとかも一緒に作っていた)もいた。私は背負いかごは(今は亡くなった)上手な人(商売の人ではない)に頼んで作ってもらっていた。
・採ってきたワラビ、ゼンマイはその日食べる分以外は塩で漬けた。自分は採ってくるばかりで、灰汁抜きや漬けるのはほとんど家のカガ(奥さん)がやっていた。

○ネマガリタケについて
・今頃(5月中旬)を過ぎれば山菜はタケノコ(ネマガリタケ)が盛んになる。小さい川、水が流れている側に生えている長さは15センチ以上もある先のほうをひねって採った。あまり底まで採ることはしなかった。竹の生えている土が硬いからか、底の方はシナ(硬い)くてうまくない。
・採ってきた物はすぐ塩で漬けておく。粕漬けにすることもある。硬い所の皮を向いて15センチ位に揃えて漬ける。
・すぐ食べたいという時は1週間か十日くらいで食べれられる。好きな鍋に入れる人もいるし、その人の好き好きで。あまり長く漬けるよりは短い時期で食べる人もいるし、ずっと漬けておいて正月とか祝い事がある時とかに取り出しておでんとか煮しめとかにして食べる人もいる。だいたい次の年にタケノコを取る時期までには漬けたものはなくなっている。

○ネマガリタケ以降
 タケノコ過ぎればあと山菜はそのあたりで終わりかな。キノコになるな。カックイ(ナラタケ)とか。カックイは大体1年に3回かな。早いのは67月8月9月頃。遅いのは雪が降るまでのもある。あとナメコ…。その他いっぱいある。特にマイタケは山の宝物で3種類ある。背負いかごに入らないものもある。ナラの木の根元に生える。

— 青森県上北郡における山菜類の採集と利用についての事例報告 —

 ムキタケ。後はユキオイ。ユキオイはそこの場所によって時期が違う。この辺で行くとなれば黒森、八甲田の近く谷地温泉のあの辺、十和田市と青森市の境目までは1番キノコが生える。

・車で行って歩くと時間がかかる。道路がないから…。その辺へ行く時もやっぱりバイクで行く。キノコも雪が降ってくるともう終わりとなる。
○山菜採りをするときの準備・持ち物・服装等
 朝から山に入る時は、おにぎり、サイダーを持っていった。
・雨具はいつでも持っている。
・履物は長くつがいい。頭は昔からタオル・手拭いでほっかむりしていた。虫もいるから長袖・長ズボン。作業着を着て。

 昔の人はどうやって覚えたもんだか、サンショウの木の皮から作って使った。木が柔らかいから上の厚いほうは捨てて、下の柔らかいのを手でもんで、露が出てくるから、それを塗る。蚊とかアプに刺された所に。今日は(蚊やアプが)いるなと思ったら先に塗っておく。良く効くな。
・今みたいに熊に対しては考えたことがなかった。秋田の八幡平のほうで見たという人はいたが、ここら辺では熊の跡もみたことがない。鈴を下げて歩けば熊が来ないと聞いたことがあるが、自分は下げたことがない。
・ナタは何にでも使えるから十和田の金物屋で買った長さは40センチ位の物をいつも持っていっていた。山でご飯食べるときなんかも、魚持って行って焼いて食べるとき包丁代わりでよく使った。
・山に行くときは特に山火事に気を付けている。鍋の火とか。鍋を持って行っている人は結構いた。よく食べたのは魚。この辺だと自分で釣ってもイワナとかヤマメとかなので、魚屋から買った生の魚を持って行っている。

○新たなシーズン・・・
・3月に入って雪が少なくて気温が高い日が続けば、また新しく山菜採りをしに行った。タラの芽とかコゴミなんかだと割と早い。フキノトウは家ではあまり食べないな。

〇山菜の食べ方等
・タラの芽は煮て。あくを抜いてから味噌和え、酢味噌、漬けておいたり。酒を飲む人と飲まない人で好みは違うな。天ぷらは割合によく好んで食べる。
・ワラビとかゼンマイ、シドケとかボナとかは食べ方は大体同じような食べ方をする。ワラビとゼンマイは灰汁の抜き方とかは違うが、灰汁抜きをしたものを一寸位に切って醤油かけて食べたり、煮物、味噌汁に入れたりしてよく食べた。シドケとかボナは軽く茹ででほとんどそのままちょうど良く切って醤油をつけて食べる。

○きのこについて
・きのこも様々ある。例えば味。キノコの中で、一番おいしくて好まれているキノコはマイタケだな。歯ごたえもいいしやわらかいし、あとナメコも人気がある。なかなか採れないからな。

 
出典:青森県立郷土館