植物界最強の毒花・トリカブト。

出典:tenki

 

秋の散策では美しい花にご注意を!

 皆さんは、「トリカブト」というと何を思い浮かべますか? 植物にはあまり詳しくない人でも、その名前と猛毒と言うことだけはご存知なのではないでしょうか。
 毎年春の山菜取りの季節には、「ニリンソウとトリカブトの新芽が似ているので注意」などというニュースが流れたり、以前にはトリカブトを使った殺人事件も世間を騒がせました。
 物騒な印象が強い植物ですが花の姿はあまり関心をもたれることはないよう。でも実は秋の山野を彩る代表的な美しい花です。ただし、その青紫の花に惹かれて触れたり摘んでしまうのは要注意。頭の先からつま先まで、全草に猛毒を持っているのです。

 トリカブトは、キンポウゲ科トリカブト属の多年草。日本などユーラシア大陸が原産で、世界に約300種、日本には33種の自生が知られています。日本全国で見られますが、林の縁や沢沿いなど、少しじめじめして半日陰の場所を好み、花穂を斜めにしならせて青紫に咲く姿は、栽培種の華麗な蘭のようにも見え、吸い寄せられるような美しさ。

 さて、トリカブトの毒成分・アコニチン系アルカロイドのアコニチンやメサコニチンは現在知られている限り植物界で最強の猛毒といわれ、ナトリウムチャネルに結合し、細胞活動を停止させる麻痺作用があります。致死量を摂取すると心室細動や心停止を引き起こし、心臓麻痺で6時間以内に死に至るといわれます。
 ヒトの致死量は3~4mg、トリカブトの葉約1gで人を死に至らしめるだけの毒をもつのです。アコニチン毒は傷のない皮膚や粘膜からも吸収されます。触ったり摘む程度で死ぬことはまずありませんが、野山で出会っても、できれば素手で安易に触れるのは避けたほうがいいでしょう。
 養蜂家は、春から夏にかけてミツバチに採蜜をさせ、秋のトリカブトの開花期には止めてしまいます。トリカブトの蜜入りの蜂蜜は、以前には死亡例すらあるためです。

 そんなけなげな植物の工夫まで貪欲に利用するのが人間。古くからその毒を矢毒として役立ててきました。トリカブト毒による狩猟は、ユーラシアの多くの狩猟民族で行われていましたし、日本でもアイヌ民族が狩りに利用していたのは有名です。
 中国では、2千年以上前から猛毒の根を漢方として薬にも利用しました。根茎を加熱して減毒し、新陳代謝機能の回復、強心、利尿などの効能を、また他の生薬と配合して四肢関節の麻痺、疼痛、虚弱体質者の感冒や腹痛、下痢、血止め、軽度の新機能の衰弱などにさまざまに応用されています。

 さて、そんなトリカブトですが、ガッサントリカブト、イイデトリカブト、オンタケブシなど、11種が絶滅危惧されるレッドリストに記載され、多くの山野草と同様、生育できる豊かな植生環境は減ってきています。筆者の知る自生地も、一つ、又一つと年々減ってきています。
 いかんせんその毒性にばかり関心がいきがちですが、古い時代から美しい山野草としてめでられ、茶花にもいけられてきたトリカブト。野山で出会うとハッとするほどの存在感です。いつまでもその姿を身近な山野にとどめておきたいものです。